※今回の記事は旧ブログの記事をリメイクしたものです。
みんなもうすっかりおなじみの作品の紹介。ユーディットとサロメのちがいは、動機が違うこと。
KAFKA サンドロ・ボッティチェリ
ユディトルーカス・クラーナハ ユディット&サロメ
ヤン・マセイス ユディト(ユディット)
次の引用は、最初のリンク先の引用。
KAFKA
「(略)ユディトとサロメを同一に扱う場合が多いですが、ユディトは民衆のために、自ら赴いた果敢な女性です。」
このクリムトの「ホロフェルネエスの首をもつユーデット」1901年で、下の顔左半分が首を撥ねた男の顔。
sweetさんの「ギュスターヴ・モロー サロメ」では、ユーディットとはどんな女性だったのかと書いています。
「彼女は美しく魅力的な女性で多くの財産をもっていたが、唯一の神に対して強い信仰をもっていたため・・・」
黄金様式のアデーレの「ユーデット」は豪華なチョーカーが施され、まるで首輪をつながれた不自由な女性にも見えます。
「ユーディトとホロフェルネス」の文字が刻まれ、図像学的にも「ユーディト」の「ユーディト?」は、デカダン的に描かれているアデーレの表情が、ビアズリーの「サロメ」に共通していたように思えます。
次が「ユーデット 2 (サロメ)」1909年の作品。クリムトのユーデットは「サロメ」と混同されていたころがあります。
Judith II (Salome), 1909
Galleria Internazionale d'Arte Moderna
クリムトの「ユーディト」は救国のためにホロフェルネエスの首を刎ねたというのに、まるでホロフェルネスに同情を与えるように、ファムファタル的に描いています。
女性に対する畏怖を覚えるような表情に、ホクロで強調しているようです。
アデーレのユーディトとは違って、装飾品は手に。自らの手で刎ねたその手を印象づけているのかと思いました。
サロメですが、ご存知のとおりにオスカー・ワイルドの戯曲では、「サロメ」という実在の人物の名が聖書、史実と反して、母親の所望で、ゆがんだ愛情を抱いていた聖ヨハネの首を、ヘロデ王に舞の褒美として希望するという「娘」の名にあてられました。
聖書では名もないその娘、サロメ。絵画作品で、特に有名なのはモローのサロメです。
ギュスターブ・モロー 6枚のサロメ から
ギュスターヴ・モロー曰く
「この女(サロメ)は、曖昧な、時として恐ろしい理想を追い求めて花を片手に人生を横切って行き、すべてを、天才や聖者までも足下に踏みだいていく、軽やかで不吉な小鳥のような永遠の女性を代表している。」
そのドラマティック性はサロメの歪んだ愛のために、愛する男の首を所望する。
ユーデットは、ルネッサンス期に多く描かれ、ルーベンスなども作品化しています。有名なのはルーカス・クラナッハ(父)、優美で品があるのはヤン・マセイスでしょうか。
どちらにしても、男性にとっては「宿命の女(ファム・ファタル)」なのかもしれません。
みんなもうすっかりおなじみの作品の紹介。ユーディットとサロメのちがいは、動機が違うこと。
KAFKA サンドロ・ボッティチェリ
ユディトルーカス・クラーナハ ユディット&サロメ
ヤン・マセイス ユディト(ユディット)
次の引用は、最初のリンク先の引用。
KAFKA
「(略)ユディトとサロメを同一に扱う場合が多いですが、ユディトは民衆のために、自ら赴いた果敢な女性です。」
このクリムトの「ホロフェルネエスの首をもつユーデット」1901年で、下の顔左半分が首を撥ねた男の顔。
sweetさんの「ギュスターヴ・モロー サロメ」では、ユーディットとはどんな女性だったのかと書いています。
「彼女は美しく魅力的な女性で多くの財産をもっていたが、唯一の神に対して強い信仰をもっていたため・・・」
黄金様式のアデーレの「ユーデット」は豪華なチョーカーが施され、まるで首輪をつながれた不自由な女性にも見えます。
「ユーディトとホロフェルネス」の文字が刻まれ、図像学的にも「ユーディト」の「ユーディト?」は、デカダン的に描かれているアデーレの表情が、ビアズリーの「サロメ」に共通していたように思えます。
次が「ユーデット 2 (サロメ)」1909年の作品。クリムトのユーデットは「サロメ」と混同されていたころがあります。
Judith II (Salome), 1909
Galleria Internazionale d'Arte Moderna
クリムトの「ユーディト」は救国のためにホロフェルネエスの首を刎ねたというのに、まるでホロフェルネスに同情を与えるように、ファムファタル的に描いています。
女性に対する畏怖を覚えるような表情に、ホクロで強調しているようです。
アデーレのユーディトとは違って、装飾品は手に。自らの手で刎ねたその手を印象づけているのかと思いました。
サロメですが、ご存知のとおりにオスカー・ワイルドの戯曲では、「サロメ」という実在の人物の名が聖書、史実と反して、母親の所望で、ゆがんだ愛情を抱いていた聖ヨハネの首を、ヘロデ王に舞の褒美として希望するという「娘」の名にあてられました。
聖書では名もないその娘、サロメ。絵画作品で、特に有名なのはモローのサロメです。
ギュスターブ・モロー 6枚のサロメ から
ギュスターヴ・モロー曰く
「この女(サロメ)は、曖昧な、時として恐ろしい理想を追い求めて花を片手に人生を横切って行き、すべてを、天才や聖者までも足下に踏みだいていく、軽やかで不吉な小鳥のような永遠の女性を代表している。」
そのドラマティック性はサロメの歪んだ愛のために、愛する男の首を所望する。
ユーデットは、ルネッサンス期に多く描かれ、ルーベンスなども作品化しています。有名なのはルーカス・クラナッハ(父)、優美で品があるのはヤン・マセイスでしょうか。
どちらにしても、男性にとっては「宿命の女(ファム・ファタル)」なのかもしれません。
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